筝 曲

〝盲目の天才音楽家〟といえば、ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで日本人初の優勝を果たした辻井伸行さんが有名ですが、今から半世紀以上前・・・大正~昭和初期にかけて活躍した盲目の日本人音楽家がいたことをご存じでしょうか? 


皆さんが毎年正月に耳にする、琴の音色・・・名曲 『春の海』 を作曲した


 宮城 道雄


今日は、この世界に誇る日本人音楽家の命日にあたります。

宮城 [本名:菅(すが)道雄] 氏は日清戦争が勃発した1894(明治27)年に神戸で生まれましたが、4歳の頃に生母と生き別れ、祖母に育てられます。

また生後200日で目の病気を患い、8歳の時に失明を宣告された宮城氏は生田流二代目・中島検校氏に入門。

そして僅か11歳で免許皆伝を受け、『中菅道雄』 を名乗ります。

家の事情で13歳の時に朝鮮に渡った宮城氏は筝や尺八を教えて家計を支える傍ら、14歳で処女作 『水の変態』 を作曲。

これを時の韓国統監・伊藤博文が高く評価し宮城氏の帰国・後援を約束しましたが、その直後に伊藤氏が暗殺されたため、実現はしませんでした。

その後結婚して宮城姓を名乗った彼は精進を重ね、22歳で大検校という最高の地位に就き、凱旋帰国。

ところがその後まもなくして妻が病死。

翌年再婚を果たすと、葛原しげる氏らの後援を受け本郷春木町の中央公会堂で第一回目の作品発表会を開催し、宮城氏は25歳にして本格的なデビューを果たします。

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古くから伝わる筝曲を自らの卓越した演奏で世に広めるとともに、「十七絃」、「八十絃」、「大胡弓(だいこきゅう)」 等の新しい楽器を考案。

また西洋音楽を取り入れることによって、邦楽界に新風を吹き込みました。

特に冒頭ご紹介した 『春の海』 を、1932年にフランス人女流ヴァイオリニスト、ルネ・シュメーと共演。 

日本・アメリカ・フランスでそのレコードが同時発売され、国際的に高い評価を得ました。

その後も東京音楽大学 (現・東京藝大音楽部) の教授を務めるなど後進の指導にも注力し、数々の協奏曲を作曲。

また海外を含めた演奏活動を積極的に行った宮城氏の突然の訃報が世間を驚かせたのは、今から56年前の今日・1956(昭和31)年6月25日。

同日未明、大阪での演奏会に向かう途中の夜行列車から転落死してしまったのです。 62歳・・・音楽家としては、これから円熟期を迎えるところでした。

警察は自殺と公表しましたが、事故の可能性も否定できず、真相は藪の中・・・いずれにせよ、まことに残念な最期でありました。

生前に残した随筆も文学性の高さに定評がある宮城氏の芸術性は、もっと日本国内で評価されて然るべきと思うのですが、残念ながら彼の作品を正月以外に耳にすることは殆どありません。

彼自身の演奏CDは現在でも発売されていますし、YouTubeでいくつかの作品がアップされていますので、是非一度お聴きください。

たとえば、『春の海』 はこんな感じで・・・。(

  < http://www.youtube.com/watch?v=BeVYO-2wDK0
>

正月でなくても、この曲を聴くと何となく心が落ち着きませんか?笑3

奇しくもマイケル・ジャクソンと同じ命日となった〝和の巨人〟のご冥福を、心からお祈り致します。

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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-11206050140.html?frm=themeより引用させて頂いております。