総 理

2008-12-16 07:05:25
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今日12月16日は、私が最も尊敬する政治家・田中角栄氏の命日です。

亡くなられたのは1993年でしたから、もう15年も前のことなんですねェ。

彼が54歳で首相となって、最初に手がけた大仕事は1972年の〝日中国交回復〟でした。

その時私は中学生でしたので詳しい事情は分かりませんでしたが、子供心に「これは大変なことなんだ」と感じ、新聞の切抜きをスクラップしたことを記憶しています。

自民党重鎮の殆どが“親台派”だった当時、自ら中国に飛んで毛沢東・周恩来という巨頭と会談を行い、友好条約の締結を成し遂げて以来、常に私の中では〝大政治家=田中角栄〟というイメージがありました。

そして現在に至るまで、田中氏にまつわる様々な書籍を読みましたが、金権政治に対する批判を浴びてはいても、人間・田中角栄氏に対する尊敬の念は決して失われることはありません。

              田中角栄


第一次山一證券破綻処理、日米繊維交渉、そして日中国交回復等々、氏の政治家としての足跡を見れば、その力量・見識はズバ抜けていると思います。


早坂茂三氏の著書によると・・・政治家を目指す若者に、田中氏は常にこう言ったのだとか・・・。


「戸別訪問3万軒、辻説法5万回。 これをやって初めて当選の可能性が生まれる。」

自らがこういった苦労を重ね、徒手空拳から這い上がってきた田中氏が、混迷を極める現代に政治家として活躍していたならば・・・と、ここのところの2代目・3代目の(軽量)お坊ちゃま宰相と見比べつつため息が出てしまうのは、私だけでしょうか?

新潟の寒村に生まれ、辛酸を舐めつつ勉学に励み、国会議員になってからも毎晩午前3時に起きて日本地図と国会便覧を眺めながら、各地方の首長や官僚の名前・家族構成などを赤鉛筆を舐めつつ脳みそに刻み込むという努力をし続けた政治家と、かたや父・祖父らが有力政治家として築いた財産を引き継ぎ〝幕内付け出し〟で国会議員になり、口先で「官僚を使いこなせ」と指示しながら自らの発言は迷走を重ねる御仁。

その差は歴然・・・でしょうネ。うー

ところで・・・マスコミを含め我々国民は政治家、特に総理大臣に対し何を求めているのでしょう?

誰からも後ろ指さされない精錬潔癖な性格? 

何を聞かれても正確に物価や漢字の読み方を答えられる学力・記憶力?あせあせ

多分そうではないでしょうね。

総理大臣とて全知全能の神・ゼウスではありません。 欠点だってあるし、世の中全ての事象を知っているわけはありません。 まして総理一人で全ての仕事ができるスーパーマンでもありません。

国を守り、国民生活の安全を確保するため、人間(行政)を動かす力量とバランス感覚・・・これが大事だと思うのです。


嘗て角栄氏が自らのキャッチフレーズとしていた〝決断と実行〟・・・これこそが国家の最高権力者に求められる職責であり、評価の対象のはず。

しかし最近の傾向というか元来というか・・・日本(のマスコミ)って、その肝心な実績評価よりも、とかく重箱のスミを突つくような事柄で揚げ足取りをするのが好きなようです。

我が国の総理大臣は、憲法第六十七条の規定により国会議員から選出されるわけで、その国会議員を選挙で選んでいるのは我々国民なのです。

然るに、総理大臣を「漢字が読めない」とか「失言が多い」と(他人事のように)揶揄することは、即ちそういう議員を国会に送り込んだ我々国民の見る目の無さ、程度の低さを自認することになりはしないでしょうか?

〝百年に一度の経済危機〟といわれている今、諸外国のトップと対等に渡り合える首相を、そしてその候補者たり得る国会議員を選出しないと、日本は本当に 『二流国家』 に成り下がる・・・私たちはこの危機感をもって、単なる血統(?)や見た目のイメージではなく、しっかりと候補者の人物・力量を見極めて選挙に臨ばなければならないでしょう。怒り顔




こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10167265809.html?frm=themeより引用させて頂いております。