自然人

子供の頃、野球小僧だった私が珍しく読書に熱中した本が何冊かありましたが、そのひとつが 『シートン動物記』 でした。

さすがにストーリーは覚えていないものの、〝狼王ロボ〟や〝ギザ耳うさぎ〟、〝灰色熊〟などの物語をむさぼるように読んだ記憶があります。

今日・10月23日は、この物語の原作者であり博物学者・画家でもあった

 アーネスト・トンプソン・シートン 氏

  (Ernest Thompson Seton

の命日にあたります。

シートンは1860年のイギリス生まれ、12人兄弟の末っ子でした。

父の事業の失敗により、彼が5歳の時にカナダに移住・・・幼少時から活発だったシートンは、義っ港が終わると毎日のように森に探検に出かけたとのこと。

この環境が、彼の将来に大きな影響を与えたようです。

彼の父は厳格なキリスト教徒であり、かつ現在でいうDVをふるう人物だったそうですが、シートンはそれに負けることなくオンタリオ美術学校を優秀な成績で卒業。 その頃から動物画が得意だったとか。


学校卒業後、単身イギリスに渡りロイヤル・アカデミー絵画彫刻学校に入学した彼は、当地で大英博物館の存在を知ります。


元々博物学者になりたかったにも関わらず、父の勧めで画家を目指すことになったシートンの心の中に再びその思いが蘇り、博物学の蔵書を大英博物館で読み漁る毎日。

              ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-Ernest Thompson Seton

その後身体を壊してカナダに戻ったシートンは、兄が経営する農場を手伝う傍ら動物の観察記録を残していました。

そして1893年・・・彼の元にアメリカ人実業家の知人から、「牧場の牛が狼に襲われて困っているので助けて欲しい」 との手紙が届き、ニューメキシコに向かった彼の眼前に現れたのが、〝狼王・ロボ〟でした。

悪戦苦闘の末に狡猾なロボを捕獲したシートンは、結婚を機に1896年からアメリカの永住権を得てニューヨークに居を構えて〝狼王ロボ〟のエピソードを出版するや、これが大ヒット。


また画家を目指した彼自身が描いた挿絵も、その精緻な動物の生態を描いて高い評価を受けたようです。

         ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-ロボ

その後シートン氏はボーイスカウト誕生のきっかけを作り、また本人も米国ボーイスカウト連盟の理事長を務めるなど、1946年10月23日に86歳でこの世を去るまで、生涯を通じて子供らに自然の大切さや素晴らしさを教え続けました。

さて、冒頭で触れた 『シートン動物記』 ですが・・・実はシートン自身は 「動物記」 なる作品を書いていないのだそうです。驚き顔 ヘェ~

彼の動物に関する著作55編を集めて、翻訳家・内山賢次氏が1937年に (ファーブルにの 『昆虫記』 に模して) 『動物記』 と名付けて全6卷を刊行。


これが大人気となったことで、シートンの名が広く知られるようになったとか。

つまり 『シートン動物記』 という書籍は、日本独自のものなんですネ。

その後も複数の翻訳者・出版社が刊行しており、私が覚えている〝狼王ロボ〟も、〝ロボ・カランボーの王様〟など他の題名がついている書籍もあります。

私が昔読んだ本は、果たしてどこの出版社から出された本だったのか?

・・・残念ながら今では知る由もありません。

動物をこよなく愛した自然人・シートン氏のご冥福をお祈り致します。笑3



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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10593726926.html?frm=themeより引用させて頂いております。