自由闊達


「実業家として、初めて文化勲章を受章したのは誰か」・・・皆さんはご存知でしょうか? その答えは、


  いぶか  まさる

 井深 大 氏

今日は、この日本が誇るグローバル企業・ソニー創業者の命日にあたります。

1908年に現在の栃木県日光市に生まれた井深氏は、2歳の時に技師だった父親が亡くなったことで、祖父の実家や再婚した母に嫁ぎ先など、少年時代は住まいを転々とします。

早稲田大学理工学部在学中から奇抜な発明で有名だったという井深氏は、卒業後写真科学研究所に入社・・・同社在籍時に、学生時代に発明した「走るネオン」をパリ万博に出品し、金賞を獲得しています。

その後日本光音工業(株)に移籍、同社の出資で日本測定器(株)を立ち上げ常務に就任・・・この頃、盛田昭夫氏と知り合います。

そして終戦直後の1945年10月、東京・日本橋に 『東京通信工業』 を創立。

これを新聞記事で知った盛田氏が合流し、井深氏の義父が社長・井深専務(技術担当)・盛田常務(営業担当)、他社員20名でスタート。

この会社が、テープレコーダーやトランジスタラジオの発売で急成長を遂げ、1958年に改称した 『ソニー』 の前身であることは、皆さんもご承知の通り。

           ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-井深大

トリニトロンテレビやベータマックスなど独創的かつ新しい技術開発を手がけることで同社を世界的企業に育てたエンジニアとしてはもちろんですが、私が尊敬するのは教育者としての井深氏。

実は氏のご長女は知的障害者であり彼女の世話に多大な労力をかけたことも、教育に人一倍関心を向けた一因だったのかもしれません。

1969年に 『幼児開発協会』 を設立し理事長に就任、更に1972年には 『ソニー教育振興財団』 をも設立。

『幼稚園では遅すぎる』 などの著書も出版し、母親による幼児・胎児教育・・・それも知識ではなく情操・心の教育の重要性を説きました。

その根底には、早くに父を亡くした実体験と女で一つで育ててくれた母親に対する感謝の気持ちがあったのかもしれません。

「人作りが第一等の資質」・・・まさにその格言を実践した実業家だったといえましょう。

1992年に文化勲章を授与された際、その理由に〝高潔な人柄〟と記されたことは、最大限の賛辞ではなかったでしょうか。

1997年12月19日、89歳で天に召された井深氏の墓石には、名前の横に〝自由闊達〟と彫られているとか。

これは東京通信工業の設立趣意書にある〝自由闊達にして愉快なる理想工場の建設〟から取られたといいます。

現在大企業病に瀕しているソニー従業員の皆さんには、是非この創業者の願いを思い起こしてもらいたいもの。

類稀なる実業家・エンジニア・教育者にして人格者であった井深氏のご冥福を、あらためてお祈り致します。笑3


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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-11017660412.html?frm=themeより引用させて頂いております。