親日派

お気に入りのヴァイオリニストというと、私はまずY・ハイフェッツの名を挙げますが、20世紀後半 (ステレオ時代) の演奏家として、もう1人の名を挙げないわけにはいきません。 その人とは、

 アイザック・スターン

  (Isaac Stern

1920年にロシア・クリミニーツのユダヤ人家庭に生まれたスターン氏は、彼が1歳そこそこその時に家族共々アメリカ・サンフランシスコに移住。

歌手だった母の手ほどきで6歳からピアノを、そして8歳からヴァイオリンに転向して才能を開花させます。

10歳にして奨学金を得てサンフランシスコ音楽院に入学すると、翌年にはサンフランシスコ響とサン・サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番を競演してセンセーショナル・デビュー。

そして17歳でカーネギーホールでリサイタルを開いて大成功を収め、以来超一流のヴァイオリニストとして世界中で演奏活動を行いました。

彼は単に演奏家としてだけでなく、イツァーク・パールマン、ピンカス・ズッカーマン、ヨーヨー・マなどの若手演奏家を発掘した指導者として、また自らが初リサイタルを行ったカーネギーホールの閉鎖話が持ち上がった際に率先して救済活動を行うなど、音楽界に多大な貢献をしました。

またスターン氏は親日家としても知られ、戦後まもなくの頃から何度も来日。

小沢征爾氏など多くの日本人演奏家とも親交を深めました。

そんな彼の日本滞在中に、ちょっと面白いエピソードが・・・。

               ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-アイザック・スチーン

スターン氏が来日中に帝国劇場を訪れて、森繁久弥氏のおハコ・『屋根の上のヴァイオリン弾き』 の公演を観劇した際、「ミスター森繁はユダヤ人の心を知っている!」と大感激、是非彼のためにヴァイオリンを弾きたいと楽屋を突然訪問。

しかしこの時、森繁氏はスターン氏が世界的ヴァイオリニストだとはつゆ知らず。

執拗に演奏を迫るスターン氏を〝変なオッサン〟と訝り、その申し出を断ってしまいます。ダメだぁ顔 アイタタ

その数年後、山本直純氏ら音楽関係者と歓談した際にこの話をしたところ、

「お前は何というバカだ。 それはピカソが来てお前のために絵を描いてくれるという話を断ったようなものだ。」

と言われる始末。 以来何かと仲間内のネタ話にされてしまいました。

その後再びスターン氏が来日して劇場を訪れた際、森繁氏が彼を終演後の舞台に上げ「この人は映画の屋根の上でヴァイオリンを弾いている人で、世界一のヴァイオリニストです。」 と紹介して観客は大喜び・・・以来友人として付き合うようになったとか。

巨匠2人の、心温まる(?)お話ではございませんか。笑2

何枚も所蔵してい彼のCDの中でも、特に私が好んで聴くのは、この2枚。

         ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-アイザック・スターン

重厚な曲想がぴったりハマるヴァイオリン協奏曲(ヴェートーベン)と、愛弟子・パールマンとの競演による2台のヴァイオリンのための協奏曲(バッハ)

いずれも巨匠の貫禄十分の聴かせる演奏です。

今宵はこの2枚を聴きつつ、2001年9月22日・・・あの〝9・11〟のテロで大揺れだったニューヨークで、心不全により81歳で天に召された天才ヴァイオリニストのご冥福をお祈り致します。笑3

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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10558986289.html?frm=themeより引用させて頂いております。