辞 世

『忠臣蔵』 といえば、主君の遺恨を晴らした12月14日の討ち入りが有名です。

しかし今から300年以上前の今日・1703(元禄16)年2月4日・・・大石内蔵助以下47名の赤穂浪士が幕府の命により切腹したことも忘れてはなりません。

4ヶ所の大名屋敷に分けられて預りの身であった彼らの多くは切腹の作法を知らず、前日に教えられた上でこの日全員が見事な最期を遂げたといいます。

討ち入り事件の全容は今更ここで語る必要はないでしょうから、彼らの命日である今日は残されている辞世の句をご紹介致しましょう。

まず始めに、赤穂藩国家老にして、討ち入りの総指揮者、

 大石内蔵助良雄 (45歳)の有名な句。


 あら楽し 思ひは晴るる 身は捨つる 浮世の月に かかる雲なし

四十七士の中では、大石内蔵助に次ぐNo.2であった、

 吉田忠左衛門兼亮 (63歳)


 君がため 思ぞつもる 白雪を 散らすは今朝の 嶺の松風


御家再興派から、一転討ち入り急進派となった

 原惣右衛門元辰 (56歳)


 かねてより 君と母とに しらせんと 人よりいそぐ 死出の山道


ご存知、高田馬場の助太刀で名を馳せた、四十七士きっての剣客

 堀部安兵衛武庸 (34歳)

 梓弓 ためしにも引け 武士(もののふ)の 道は迷はぬ 跡と思はば


その堀部安兵衛の義父、

 堀部弥兵衛金丸 (77歳)


 雪はれて 思ひを遂る あしたかな


俳人でもあり、吉良家出入りの茶人に接近して茶会の情報を聞き出した、

 大高源五忠雄 (38歳)


 梅で呑む 茶屋もあるべし 死出の山

いずれも大義を果たした達成感に満ち溢れ、武士らしい死を恐れぬ覚悟がひしひしと伝わってきます。


願わくば私も、こういう心境で人生の終焉を迎えたいものですが・・・。

         ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-義士

そして最後に、内蔵助の長男にして、討ち入り後は生きて父と会えなかった

 大石主税良金 (16歳)の句


 あふ時は かたりつくすと おもへども 別れとなれば のこる言の葉

今の世ならば、高校1年生。

「パパ、ママ、死にたくないョ~」 と叫ぶのが当たり前の年頃なのに・・・。


赤穂義士・四十七士の冥福をお祈り致します。

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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10710022815.html?frm=themeより引用させて頂いております。