逃避行


最近、『駆け落ち』 という言葉は、あまり耳にしなくなった気がします。

若い方には、「なに、それ?」 なんていう人もいるかも・・・。

この意味は、「愛し合った男女が、結婚することを親の反対等によって許されない事情があり、同棲をするため一緒に逃げる」 こと。

何でそんなことを今日? といいますと・・・実は今から74年前の今日、日本中を騒然とさせた駆け落ちがあったから。

かつて一世を風靡した映画女優・岡田嘉子さんと演出家・杉本良吉氏は、お互い配偶者がいたものの激しい恋に落ちました。

当時は日中戦争が始まった軍国主義の時代・・・映画にも様々な制限が加えられ女優としての活動にも制約があったこと、そしてプロレタリア活動に参加し執行猶予中の身であった杉本氏は、新天地を求めてソ連への亡命を決意。

なにも真冬に厳寒の地へ行かなくても、と思うのですが・・・2人は年末に汽車で東京から北海道へ、そして1938年1月3日に樺太の国境を超えソ連に入国。

この駆け落ち(亡命)は連日新聞で報道され世間の注目を集めたそうな。


しかし彼らの逃避行は、この後過酷な運命を辿ります。


事実上不法入国した2人はソ連当局によって身柄を拘束され、スパイ容疑をかけられて別々に引き離され厳しい取調べを受けることに。


結局2人は、その後一度も再会を果たすことはありませんでした。


共産主義者であり、ソ連に行けば何とか・・・と淡い期待をかけた杉本氏は、翌年銃殺刑という何とも悲惨な結末を迎えてしまったのです。


一方の岡田嘉子さんは10年もの刑務所暮らしを経て、戦後モスクワ放送局で日本語アナウンサーとして働き、同僚の日本人男性と結婚。


1952年に訪ソした国会議員によって彼女の生存情報が日本にもたらされ、世間を再び驚かせることに。


1972年に35年ぶりの帰国を果たした彼女は、再び映画出演などの芸能活動を再開。

          ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-帰国

            <夫の遺骨を抱いて帰国した岡田嘉子さん>

14年間日本で暮らした後、「今の自分はソ連人だから」 と言ってソ連に戻り、そのまま1992年に亡くなるまで再び日本に戻ることはありませんでした。


果たして彼女は、決死の逃避行を後悔していたのか、否か?

いずれにせよ不倫や駆け落ちは、必ずしも良い結果をもたらすとは限らないようです。


ちなみにいくら2人の意志さえあれば結婚できる現代とはいえ、未成年で双方に保護者がいる場合の駆け落ちは、刑法上〝結婚目的の略取・誘拐罪〟が適用されるのだとか。ダメだぁ顔


10代の若者はあまり無鉄砲な事をしないように、くれぐれもご注意を!



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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-11032716265.html?frm=themeより引用させて頂いております。