雨後の・・・?

2012-03-18 07:07:07
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今から32年前の1980年・・・当時一世を風靡した 『竹の子族』 なる集団(?)が出現したことをご記憶の方も多いことでしょう。

もっとも、今の若者には殆ど死語かもしれませんが。冷や汗

それ以前の1970年代後半、アメリカ映画〝サタデー・ナイト・フィーバー〟の大ヒットをキッカケに若者の間でデイスコ・ブームが巻き起こりました。

そこで踊る若者たちの服装に注目したのが、ファッションデザイナーの大竹正則氏。

彼が日本の着物やもんぺをアレンジして踊りやすく派手な衣装を考案。

それを販売するため原宿に出したお店が、

 『ブティック 竹の子』

その開店日が、今から32年前の今日・1978年3月18日だったそうです。

            ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-竹の子

の店の衣装は斬新なデザインと手頃な価格でたちまち若者の間で流行し、それを身に纏った彼らはディスコで踊るようになったのですが・・・。


いつしか 『竹の子族』 と呼ばれグループ化して踊る彼らと他のお客とのトラブルが頻発、結果多くのディスコ店が彼らを出入り禁止にしました。

締め出された彼らが踊るために集まった場所が、原宿の歩行者天国。

毎週日曜日になると、東京だけでなく関東近県から原色の派手な衣装に身を包んだ多くの中高生が集まりディスコサウンドに乗って踊る姿は、時々ニュース等で報道されました。

1981年の最盛期には、約5,000人が50前後のグループに分かれて踊り、その見物人が10万人も訪れたといいます。

その頃の私は体育会所属の大学生・・・毎日学生服しか着ない生活でしたから全くそういう世界とは無縁でした。

しかし一度代々木体育館に行った際にこのフィーバーに遭遇し、歩道橋に見物人が溢れて渡れないという異様な人だかりを目撃したことは、はっきり覚えています。

彼らの中からは沖田浩之や清水宏次朗ら芸能人としてデビューした人気者も輩出したのですが、ブームはそれほど長くは続きませんでした。

1981年以降は、一世風靡のようなフィフティーズ系のダンサー達が主役に取って代わるようになり、竹の子族はいつしか消滅。

そして1996年にホコ天自体が中止され、昔のような若者のフィーバーぶりは代々木公園前では見られなくなりました。

しかし元祖(?)である 『ブティック竹の子』 は、コスプレ衣装などを扱いつつ、今でも竹下通りに健在だそうです。

また40歳代となった元竹の子族のメンバーも、子供連れで同窓会を開いている人もいるとか・・・青春の思い出は永遠ですネ。

まぁ、40・50歳代で暴走族をやるのは論外ですが、竹の子族くらいは大目に見てあげていいかも? 笑2



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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10426363320.html?frm=themeより引用させて頂いております。