革 命

・・・と言ってもリビアのことではなく、スポーツのお話です。


スプリット・フィンガード・ファスト・ボールやツーシームなんて、私が現役でピッチャーをやっていた時にはなかった球種。


事ほど左様にスポーツの世界では常に技術革新が行われていますが、これ程衝撃的な〝技の革命〟はおそらくないのでは?・・・そう思わせる競技大会が、今から43年前の今日・1968年10月23日に行われました。


それはメキシコシティー・オリンピックの陸上競技でのこと。 主役は、


 リチャード・ダグラス・フォズベリー 選手

   Richard Douglas Fosbury


この身長195cm・体重83㎏のアメリカ選手が、世界中をアッと言わせたのですが・・・彼は一体何をしたのでしょう?


正解は・・・


〝背面跳び〟

そう、フォズベリー選手は走り高跳びの選手だったのです。


当時の走り高跳びはベリーロールという身体の腹部でバーを飛び越える跳躍法が主流だったのですが、彼はその正反対。


踏切と同時に背中からバーを超えるスタイルは、競技場の観客はもちろん、テレビ観戦している世界中の人々を驚かせました。


しかも、左右違う色のシャーズを履いた無名の青年が、オリンピック新記録の2m24を跳んで金メダルをさらったのですから、尚更衝撃的。

          ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-Richard Douglas Fosbury

英語では〝Fosbury Flop〟と呼ばれており、現在ではほぼ全てのハイ・ジャンパーが採用するこの跳躍法・・・しかし彼がこれを編み出したのは、偶然の産物でした。


1947年にオレゴン州ポートランドに生まれ、自己流で走り高跳びをしていたフォズベリー選手はベリーロールが大の苦手。


高校時代、ある競技会でバーが上がるにしたがって跳ぶ自信がなくなった彼は、途中から正面跳びに切り替えたのですが、そのときに偶然身体が回転し過ぎて背中からバーを越えた・・・これが背面跳びのヒントになります。


しかし当時こんな変わった跳躍法を取り入れていたのは彼だけ・・・競技会に出るたびに観客や選手から笑われたのだとか。


しかし大学に進学すると、それまで2mそこそこだった記録を一気に10cm伸ばし、大学選手権準優勝。 さらにはオリンピック選考会も2位で通過し代表選手に。


そして迎えた本大会で、19歳の彼は見事に金メダリストとなったわけです。


当時小学生だった私は、体育の時間に早速マネをして跳んだのですが・・・砂場に後頭部から着地し、その瞬間目の前にいくつも星が飛んだことをよく憶えています。


彼が新跳躍法を編み出したことで、全国の小・中・高には体育授業のために着地用の安全マットを配備しなければならなかったでしょうネ。あせあせ


背面跳びのおかげで記録はその後も伸び続け、現在の世界記録は男子2m45cm、女子2m09cm。

2.45mといえば、男子バレーボールのネットを飛び越えるのと殆ど同じこと。

いやはや、世の中にはとてつもない人間がいるものです。

果たしてこの背面跳びのようなあっと驚く技術革新が、今後のスポーツ界に再び巻き起こるのでしょうか?

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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10932210240.html?frm=themeより引用させて頂いております。