顔写真

今、TVゲームに熱中している若者たちには、もうこの方の名前を知る人はあまりいないのかも知れません。


一部のゲーマーからは今でも熱烈な支持を受けているという 『ムシキング』 などを開発した、セガ(SEGA) を傘下に収めていたCSKホールディングスの創業者であり、名誉会長であった大川 功 が心不全でこの世を去ったのが、2001年の今日・3月16日のことでした。

1926(昭和元)年、大阪市に生まれた大川氏は早稲田大学卒業後、家事手伝いや繊維・タクシー業界を経て、1968年にコンピューターサービス会社を設立します。

従業員わずか10名で立ち上げたこの会社は順調に成長し、1982年に国内のソフトウェア会社として初めて東証二部に、さらに4年後には東証一部上場を果たします。

翌年には社名を株式会社CSKに改称、以後もセガ・エンタープライゼズに資本参加するなど、急成長を続けました。

           ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-大川功

他に類を見ないほどの事業意欲を持つ大川氏は、時として〝超ワンマン経営者〟と揶揄されましたが・・・私が驚いたのは、会社の社員読本や手帳は言うに及ばず、同社の株券にも自身の顔写真を刷り込んだことでした。驚き顔 ウヘッ!

まるで各家庭に自分の写真を飾らせる亡国の独裁者の如き(?)行為に、「会社の私物化だ」と批判する向きもありましたが、自らの設立した会社に対する強烈な思い入れと自負心に、凄じいものを感じます。

また自らの経営責任を明確に負い、家庭用ゲーム機分野から撤退することとなったセガに個人資産850億円をポンと寄付したことにも驚かされました。

そのセガが、タッチパネルディスプレーをゲーム機と組み合わせた付帯機能を開発した時、それを見せられた大川氏は瞬時に、

「これ、預金を引き出す機械(ATM)に使えるんとちゃうか?」

と口走り、その発想の柔軟性に開発者が舌を巻いたとか。

「2001年にはCSKグループで1兆円を売り上げる」 という、社員でさえホラだと思うような構想をぶち上げ、実際1999年には9,000億円までこぎつけたものの、遂にその結末を確かめることなくこの世を去った大川氏。

経営者としての心構え・考え方に関して多くの教えを残してくれた、良くも悪くも〝カリスマ〟でした。





こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10208940722.html?frm=themeより引用させて頂いております。