黒 子

※ 要職の人に直属して、機密の文書・事務などを取り扱う職。また、その人。

※ 秘して人に見せない書物、文書。 またそれを扱う人。
 
辞書には「秘書」の定義として、そう書かれています。

そして政治家、特に国会議員の公設秘書ともなりますと、身分は国家公務員。 誰でもなれるというわけではなく、1993年の国会法の改正により、原則的に「国会議員政策担当秘書」資格試験の合格者でなければなれません。

この試験は毎年1回行われ、毎年の合格者は20名程、合格率は4~5%という狭き門なのだそうです。 しかもこの試験に合格したからといって、必ず秘書に登用されるとは限りません。

(但し、政策担当秘書試験に合格しなくても、一定年数以上の公設秘書経験者が 「政策担当秘書研修」 を修了すれば政策担当秘書資格が付与されるという抜け道もあるのですが・・・。)

こんな厳しい試験に合格して、めでたく議員の公設秘書になれたとしても、仕えた議員が選挙で落選したら・・・苦労する割には、何ともリスキーな職業に思えてしまいます。

一昔前、贈収賄事件等の疑惑(事件)に関係を取り沙汰された政治家が、二言目には 「ウチの秘書が勝手にやった」 と言って逃げようとした時期がありました。 


今はそんな逃げ口上は通用しなくなったとはいえ・・・現在国会議員秘書を務めている方、あるいは目指している方にとって、この仕事の魅力は何なのでしょう?

最近では、有名政治家の元秘書という肩書でTV番組に顔を出している御仁もいらっしゃいますし、また中には仕えている政治家の後任となるべく、着々と人脈と資金を作り上げている方もいらっしゃるとは思いますが。

私にとって最も馴染みのある(元)秘書といえば、田中角栄氏に仕えた早坂茂三氏でしょうか。 彼の著作は殆ど読みましたし、嘗て氏が司会をしていたトーク番組等も見ていましたから・・・。

そしてもう一人、記憶に残る元・秘書がいらっしゃいます。

 青木 伊平 

今は孫の方がすっかり有名になった、第74代内閣総理大臣・竹下登氏の秘書でしたが・・・今日・4月26日は、その青木氏の命日なのです。

             ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-竹下登

                 <竹下登 元総理大臣>

青木氏は竹下元総理と同郷・島根県の生まれ。 明治大学卒業後普通の会社員となりましたが、23歳の時に別の政治家秘書となり、更に別の政治家に仕えた後、28歳の時に竹下氏の秘書に登用され、以後亡くなるまでの31年間にわたって支え続けました。

「竹下の金庫番」 といわれた青木氏でしたが・・・1989年、政界の一大スキャンダルとなった 『リクルート事件』 によって支持率が急激に低下したことを受け、竹下氏が首相退陣表明をした翌日、首つり自殺を遂げたのです。(※一部に自殺疑問説あり)

譲渡されたリクルート・コスモス社の未公開株の名義が、青木氏の名前になっていたことがその原因とされました。

この悲報を聞きインタビューに答えた同い年の〝戦友〟早坂氏が、コメントしている途中で突然号泣・絶句した場面・・・今でも記憶に残っています。

終始黒子に徹し、その秘密を墓まで持ち込んだ青木氏。 

冒頭の定義からすれば、文句なくその職務を果たしたことになるのでしょうが、自らの命を引き換えにしてまで主(あるじ)のために尽くした動機とは?

そして難関試験に合格した最近の頭脳明晰な秘書の卵たちの目に、青木氏の行動は果たしてどのように映るのでしょうか?


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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10227498945.html?frm=themeより引用させて頂いております。