16文

「日本を代表するプロレスラーは誰か?」 と問われれば、多くのファンはこの方の名を挙げることでしょう。

 ジャイアント馬場

私も少年時代は大ファンでした。

そして今日・1月31日は、彼の命日に当たります。

1938年に新潟県三条市に生まれた彼・馬場正平氏は、三条実業高校野球部在籍時にその巨体を買われてスカウトされ、同校を中退して投手として読売巨人軍入り・・・新潟県出身者初のプロ野球選手となります。

後年長嶋茂雄選手が鳴り物入りで入団した際、最初にキャッチボールの相手をしたのが馬場選手だったそうですが、一軍成績0勝1敗で自由契約に。

他球団のキャンプ参加中に風呂場で転倒して負傷し、選手生命を断たれてしまいます。

その直後の1960年4月、彼は力道山率いる日本プロレスに入団。

事の他力道山にかわいがられた彼は秘蔵っ子として厚遇され、半年後にはデビュー。 その後幾度となくアメリカ武者修行に出かけ、当地では悪役レスラー(!)としてかなりの人気があったとか。


師匠・力道山の死後エースとして活躍した馬場選手は、1972年に日本テレビと組んで全日本プロレスを旗揚げ、多くの外国人選手を招聘して人気を博しました。


ザ・デストロイヤー、〝鉄の爪〟フリッツ・フォン・エリック、ボボ・ブラジル、ドリー・テリーのファンク兄弟、スタン・ハンセンやアブドラ・ザ・ブッチャー・・・今でもその名前をフルネームで言えるくらい、毎週のようにテレビ中継を見ていたものです。


馬場選手の必殺技、脳天唐竹割りやココナッツクラッシュ、河津がけ等々、休み時間になると次々同級生にかけて遊んでいました (※決してイジメではありませんョ、相手と同意の上ですからあせあせ が、中でも印象的だったのは、

〝16文キック〟足あと アッポ~!

         
            ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-ジャイアント馬場

209cm・140㎏の巨体を支える巨大な足を使った16文キック 【1文とは昔の一文銭の直径約24mm、馬場選手の実際の寸法は14文≒33.5cm!】 は破壊力十分!

もっとも晩年は、馬場選手の上げた足に対戦相手からぶつかりに行っているようで、見ている私は何とも言えぬ悲壮感というか、哀愁を感じたものです。

クイズ番組に出演して、トボケた回答でお茶の間の笑いを取っていた馬場選手ですが、現役の選手として1998年12月までリングに上がり続け、通算試合数は5,796試合にも及びました。

その最後の試合から僅か2ヶ月後の1999年1月31日・・・大腸癌の肝転移による肝不全で61歳の生涯に幕を下ろしたのです。

配下の日本人選手には非常に厳しい躾をしたそうで、彼らの待遇には不十分な点もあったようですが、その温厚な人柄と義理堅さで海外のプロモーターからは絶大な信頼があったという馬場選手の存在が、日本のマット界を世界レベルに引き上げたことは間違いないでしょう。

かつて一度だけ、都内ホテルのコーヒーラウンジでナマの馬場さんを見かけたことがありましたが、その肩幅の広さと、葉巻を持つ手と足のずば抜けた大きさ (私の28cmの靴が小さく見えた!)驚き顔 デカッ は、未だに忘れることができません。

〝東洋の巨人〟ジャイアント馬場さんのご冥福をお祈り致します。笑3 


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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10394690324.html?frm=themeより引用させて頂いております。