37歳

何という皮肉であろうか。

今日拙ブログで取り上げた日テレ 『ズム・サタ』 の〝熱血・プロ野球情報〟の常連だった木村拓也・読売巨人軍コーチが、今朝帰らぬ人となってしまった。

野球人は言う・・・「グラウンドで死ねれば本望」 と。

しかし試合前に倒れ、治療の甲斐なく37歳の若さで亡くなった木村拓也・読売巨人軍コーチには、その言葉はあまりに虚しい。

聞けば、倒れる前夜も 「頭が痛くてよく寝られなかった」 と語っていたという。

人一倍頑強な身体を持つプロスポーツ選手であったが故に、病院に行かずに球場入りしたことが致命的な結果を招いたのだろうか。

その温厚な性格から誰からも愛され、昨年現役を引退して指導者としての第一歩を踏み出したばかり・・・3月のプロ野球機構の研修会では講師として招かれ、新人選手たちに伝授したプロの世界で生き抜く秘訣が、まさか〝球界への遺言〟になろうとは。

                ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-木村拓也

1991年、日ハムにドラフト外でキャッチャーとして入団、その後広島で11年、さらに巨人で4年と、小柄な身体で1軍ベンチ入りを果たすために猛練習ョ重ね、ピッチャー以外はどこでも守れる〝走・攻・守〟3拍子揃ったユーティリティー・プレーヤーとして〝いぶし銀〟の活躍。

特に昨シーズン、10年ぶりに急遽マスクをかぶってキャッチャーを務め、150kmの剛速球を見事捕球した時の姿が忘れられない。

奥様と3人の小さなお子さんを残して旅立たなければならなかった木村コーチの無念・・・察するに余りあります。

どうか、安らかにお眠りください。

そして天国から、最愛のご家族と巨人軍、いやプロ野球界を守ってください。

ありがとう お疲れ様 そして さようなら。


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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10502456110.html?frm=themeより引用させて頂いております。