KFC

2012-03-14 07:07:07
テーマ:

鳥のから揚げが嫌い・・・っていう方は殆どいらっしゃらないと思いますが、いわゆるフライドチキンを日本に根付かせたのは、何と言っても


 ケンタッキー・フライド・チキン


の存在が大きいのではないでしょうか。


この日本第1号店がオープンしたのが、今から42年前の今日・1970年3月14日・・・何とあのマクドナルドより1年以上早かったんですョ。驚き顔 ヘェ~

その場所、どこだと思いますか?

それは大阪万博の会場内・・・実験店として、万博の開催日当日に開店したというわけです。

ケンタッキー・フライド・チキン(KFC)は、ご存じカーネル・サンダース(1890~1980)が1939年に独自の製法を考案し、1952年に設立したアメリカの会社。

そのレシピはコカ・コーラ同様に門外不出の最高機密とされ、ごく一部の幹部しか知らない製法によって作られたフライドチキンは、アメリカで大人気に。

それに目を付けたのが、三菱商事でした。

同社の食糧部門担当者がKFCの日本導入を画策。

カーネル・サンダース本人と4年越しで粘り強い交渉を続け、遂に1969年に承諾を得て大阪万博会場での出店に成功したのです。

         ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-KFC

                  <大阪万博実験店>

しさもあってか、フライドチキンは大人気。

チキンとポテトにロールパンをつけた350円のセットが飛ぶように売れ、1日の最高売上が280万円を記録したそうな。

この成功により、同年7月に日本KFCが設立されました。

ところがここで、同社は大きくつまずきます。

アメリカのKFC本部は地元と同じく郊外型ショッピングセンターへの出店を望んできましたが、日本側はまだモータリゼーションが普及していないため都心へのオープンを主張し衝突。

結局アメリカ本部が主張を曲げず、同年11月に名古屋・ダイヤモンドシティー・名西ショッピングセンター内に正規第1号店の出店を強行。

花火やアドバルーンを上げて華々しくオープンしたのですが・・・僅か半年余りで1億円の負債を抱えて閉店の憂き目に。

この失敗で社内の空気が事業撤退に傾く中、都心繁華街に小型店舗を出して知名度を上げる作戦に変更して1972年4月に神戸・トーアロード店をオープン。

目論見は見事的中、開店4か月後には月間360万円の売上を達成。

この成功をバネに東京・青山にも出店し成功・・・これが現在11,000店舗以上の一大チェーン店に発展した原点だったのです。


最初の失敗でメゲず、それを教訓として成功のキッカケにしたところは、モスバーガーと似ていますネ。扇子

余談ですが、当初アメリカから原料のチキンを輸入した際、アメリカ人には人気のなかったダークミート(下半身の肉)を使用したそうですが、これがかえって日本人の好みに合ったのだとか。

当たり前のことなんでしょうが、やはり味覚って人種によって違うんですネ。

それから日本では各店舗に置いてあるカーネルおじさんの立像ですが、あの原型は当初カナダのフランチャイズ店舗でイベント用に作成されたもの。


倉庫に眠っていたものを視察の際に見つけた日本KFCの幹部が日本に持ち帰り、各店舗にトレードマークとして置いたのだそうです。驚き顔 ヘェ~

来日したカーネル・サンダース本人がこれを大変気に入ったそうで、アメリカのカーネル・ミュージアムには日本KFCから贈呈された立像が展示されているとか。

ちなみに立像の身長は173cm・・・これはサンダース氏本人の60歳時と同サイズだそうな。

今度ご家族でKFCに行かれた際には、ちょっと薀蓄を語ってお子さんから尊敬の眼差しを受けてみてはいかがでしょう?笑2


              

                ペタしてね

こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-11106462959.html?frm=themeより引用させて頂いております。