Le Mans

2011-05-26 07:07:07
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ル・マン市・・・フランス中部にある人口115万人弱のサルト県々都。


ここの一般道を利用した全長13km超の 「サルト・サーキット」 を使って行われる年に1回のカーレースこそ、FI・モナコ・グランプリやアメリカ・インディ500と並び〝世界三大レース〟といわれる

 『ル・マン24時間耐久レース』

現在では4月に二輪のレースも行われていますが、四輪の第1回大会が開催されたのはナント今から88年も前(!)の今日・1923年5月26日のことでした。


随分と歴史があるんですねェ。


3人のドライバーが交代でハンドルを握るとはいえ、まる1日走り続けてその走行距離を競うという自動車の限界に挑戦する過酷なレース・・・リタイアが続出するのも頷けます。


さすがに24時間ぶっ通しで観戦することは中継自体がないので叶いませんが、私にはこのレースに関し2つほど思い出があります。


まずひとつは、映画 『栄光のル・マン』 (1971年公開)。


とにかく主演のスティーブ・マックィーンがカッコ良かったです。

              ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-Le Mans1

公開前年の1970年の本レースに撮影用のレーシングカーを走らせ、マックィーン自身も自ら所有するポルシェ車を運転してサーキットを疾走・・・半ばノンフィクションの映像は、ル・マンの臨場感を観る者に余すことなく伝えてくれました。


ただこの映画・・・日本ではヒットしたものの、エンターテインメント性が乏しかったため世界的には受け入れられず、興行としては大失敗だったとか。


その後レース好きのマックィーンが本戦にエントリーしようとしたものの、事故を危ぶむ映画関係者から猛烈な反対を受け、遂に出場はなりませんでした。


もうひとつの忘れられない出来事・・・それは1991年、日本勢にとって悲願だった初優勝を勝ち取ったマツダチームの快挙!扇子


1970年代から他の日本メーカーに先駆けて参戦していたマツダが、ロータリー・エンジンを搭載し地道に参戦し続けた末獲得した栄冠でした。


レナウンの社長の指示でド派手なペインティングを施されたマツダ787Bの雄姿、今でもよく覚えています。

         ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-Le Mans2

残念ながら翌年からロータリーエンジンの搭載が禁止され、マツダチームは翌年レシプロ・エンジンで参戦し4位に入る健闘を見せましたが、それ以降は撤退。


その他の日本メーカーも一時参戦はしたものの、現在では全て撤退しています。


やはり年1回の開催でも莫大な資本投下が必要なこのレース、自動車販売台数の増加に結びつきにくくコストパフォーマンスが低いということかも。

F1をはじめメジャーレースから撤退が続く日本車メーカーが勢いを取り戻し、再びレース界に参戦する日が来てほしいものです。笑2

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こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10807221486.html?frm=themeより引用させて頂いております。