This is a pen

2011-02-09 07:07:07
テーマ:

初めて中学校で英語を習った時、真っ先に覚えた記憶がある、表題の一文。

しかしそれ以上に私の脳裏には、この方の姿が目に浮かびます。


 荒 井 注 さん


今日は、ザ・ドリフターズの最年長メンバーだった彼の命日にあたります。


1928年東京に生まれ、立教大学文学部を卒業後にバンドマンをしていた荒井(本名・安雄)さんは、いかりや長介さんにスカウトされて1964年にドリフターズのメンバーに。


他のメンバーが身体を張ってコントを演じる中、1人だけ動きが緩慢(?)なのに態度がデカい荒井さんの存在は、異彩を放っていました。


そんな雰囲気ゆえに、〝This is a pen !〟なんて初級英文がギャグになってしまったのかも。

              ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-荒井注

しかし1974年、体力の限界を理由にメンバーから脱退。

これによって、当時付き人だった志村けんさんが正式メンバーに格上げ・・・結果的に、ドリフターズの人気再浮上の転機となりました。

その後荒井さんは芸能界引退を反故にしてソロ活動で復帰。

メンバーと衝突したこともありましたが、最後には和解したとのこと。

一方で、荒井さんは実際の年齢がいかりやさんより3歳年上だったにも関わらず、リーダーに気を使って6歳若く偽ったというエピソードもありました。

子供の頃ドリフターズで活躍していた彼を見た記憶しかなかった私ですが、社会人になってから3回程印象深いシーンがありました。

まず最初は1980年代後半の頃・・・仕事を終えて東京・日本橋の居酒屋に仕事仲間と入った時、娘と思えるような若い女性と2人で何気なくテーブル席に座っている荒井さんを目撃したこと。

「あの女性、誰なんだ?」 と不思議に思ったものですが、その後1991年に38歳年下の女性と結婚・・・もしかしたらお相手は、あの時の女性だった?あせあせ

2回目は、彼が伊豆にカラオケボックスを建設した際、最後にカラオケ機材を搬入しようとしたらドアが小さくて入らない・・・という、なんともシマらない顛末のテレビ取材を受け、「何だ、バカヤロウ!」 という往年のギャグを飛ばしていた姿。

そして最後は2000年2月9日、入浴中に急逝した荒井さんの葬儀での、いかりや長介さんの弔辞。

『出発間際の忙しい時にとアンタは怒るかもしれないけど、ちょっとお話しましょうや。』

そういって始まったいかりやさんの弔辞は、まるでそこに本人がいるかのような語りかける口調で淡々と・・・しかしその中身は、かつて黎明期から絶頂期へと向かうドリフターズで共に頑張った戦友ヘの惜別の言葉。

思わず聞き入る、素晴らしい別れの言葉でした。

しかしそのいかりやさんも、既に他界。 

きっと今は、天国で 「なんだ、バカヤロウ!」、「だめだ、こりゃ。」 などと仲良く〝2人ドリフ〟を演じていることでしょう。

あらためてお二人のご冥福をお祈り致します。笑3

               ペタしてね

こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10716096451.html?frm=themeより引用させて頂いております。