サウンド・オブ・ミュージック

2008-05-31 07:05:03
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ド~はド~ナツのぉド~、レ~はレモンのレ~・・・音譜

「ドレミの歌」でお馴染み・・・不朽の名作映画、


〝サウンド・オブ・ミュージック〟


制作から40年以上経っても、軽快なミュージカル調の音楽と、透き通るようなジュリー・アンドリュースの歌声は、全く色褪せることはありません。


             サウンド・オブ・ミュージック

この物語は、実在したオーストリアのフォン・トラップ大佐一家の物語であり、彼の後妻・マリアさんが著した自叙伝を基にしたものであることは、多くの方がご存知だと思います。


つい先日 BS-i で、このトラップ一家のその後を追ったドキュメンタリー

 『知られざるサウンド・オブ・ミュージック 

  ~アメリカに移住したトラップ一家 4代の物語~』

を、偶然に見る機会がありました。


映画の内容が実話とは違う部分があることは以前から聞いてはいましたが、“本物のトラップ一家” を映像で見るのは初めてでしたので、大変興味深く拝見させてもらいました。

映画では平服でアルプス越え(!)をしたトラップ一家でしたが、実際はナチ党員だったにもかかわらずトラップ家に協力的だった執事が亡命を勧め、演奏旅行の名目で合法的に出国した(ただしその直後に国境は封鎖され、きわどいタイミングだった)のだそうですが、アメリカに上陸した時はポケットに3ドルしか持っていなかったとか。

第2次大戦中、アメリカ国内を演奏旅行で巡り、その間息子2人は徴兵され外地に出征。

1947年5月30日にトラップ氏が肺ガンにより67歳で死去。

翌1948年にトラップ一家はアメリカの市民権を得て、以前買い取ったバーモント州ストウの農場でホテル「トラップ・ファミリー・ロッジ」の経営を開始。

・・・渡米後のトラップ一家は、映画で垣間見せた裕福な生活とは打って変わって、随分と苦労を重ねたようです。

1949年にマリアが自叙伝『トラップ・ファミリー合唱団物語』を出版、大評判となり、後の1965年公開の映画『サウンド・オブ・ミュージック』の大ヒットへと繋がっていきます。

            マリア・フォン・トラップ

                 <マリア・フォン・トラップ Wikipediaより>

1987年3月28日、マリアさん死去。享年82歳でした。

前妻との間に7人の子供がいたトラップ氏は、マリアとの間にも3人の子に恵まれたそうで、今やトラップ一族は60人を超える大家族なのだそうです。


(ドキュメンタリーが制作された2005年当時は)総勢10人の子供の内6人はご健在で、長女・アガーテさんや次女・マリアさん、そして次男・ヴェルナー氏が元気に笑顔をふりまく姿を見て、時の流れを感じつつも、何故かホッとしました。笑2


血は争えないと申しましょうか、トラップ氏の孫娘さんには今でも夫と共にコンサートで今でも全米中を回っている方もいらっしゃるとか。


そして9・11テロの翌年。


第二次大戦中アメリカ国民の心を歌で和ませてくれたトラップファミリー合唱団の父・トラップ氏の曾孫4人がグランド・ゼロ近くの教会で、復旧作業で疲れ切った消防団員達を再び合唱で勇気づけたのだそうです驚き顔


まさに“因果は回る糸車”の如きもの・・・。


トラップ一家は4代にわたって、アメリカ国民の心を歌で癒したのです。


ところで・・・。


映画で描かれるトラップ氏は、笛を鳴らして子供達を管理する厳格なイメージでしたが、実際は温和なやさしい父親だったそうです。


マリアさんは、あまりにかけ離れた人物として描かれていることに強く抗議し、脚本の書き換えを要求したものの、映画会社からにべもなく拒否されたのだとか。

今度この映画を見る時は、トラップ一家の実像を重ね合わせつつ、今まで以上により深く作品を味わえそうです。笑3

あっ、そうそう。 


映画の中で、一瞬ですけれどマリアさんご本人がエキストラで出演している場面があるのだそうです。今度ご覧になる方、ちょっと探してみてくださいビックリマーク


こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10100943051.html?frm=themeより引用させて頂いております。