三代目

突然ですが、皆さんは「忍者」といえば誰を思い浮かべますか?

ハットリくん! ハットリくん


・・・って人もいらっしゃるでしょうが、服部半蔵の名前をイメージする方が多いのではないでしょうか?

映画 『キル・ビル』 でも、千葉真一さんが演じていたくらいですからネ。

今日11月4日は、その服部半蔵正成(まさしげ)の命日に当たります。

実は彼、2代目半蔵でして・・・先代の父親から「服部半蔵」は、以降12代目まで引き継がれていった〝名跡〟なのだそうです。

正成は天文11(1542)年に服部保長の四男として三河国に生まれ、父から家督を継いだ後は徳川家康に仕えました。

服部家は〝忍者の里〟- 伊賀国に先祖があるものの、彼自身は既に忍者ではなく、槍を得意とする武士であったようです。

姉川の戦いや見方ヶ原の戦いで戦功を重ね、特に本能寺の変の際には家康を護衛し無事三河に辿り着かせたこと(伊賀越え)で有名です。

家康の信頼を得た正成は、家康が関東入国後に与力30騎・伊賀同心200名を与えられ、8,000石を領した優秀な「管理職」だったそうな・・・。

伊賀者を統率する立場から、忍者の総領という印象が強くなったのでしょうね


ちなみに皇居にある “半蔵門” ・・・これは江戸城を警護する半蔵の屋敷がこの門の前にあったことからその名がついたそうです。

            半蔵門

                      <半蔵門>

正成は慶長元(1596)年の今日、54歳で没し、彼自身が織田信長に切腹させられた家康の長男・信康を弔うために創建した西念寺(新宿区)に葬られました。

その後3代目半蔵を継いだのは、長男・正就(まさなり)でしたが・・・立派な父親を持ったこの息子はすこぶる出来が悪かったようで、乱行・奇行を繰り返した挙句、大阪夏の陣で行方不明になり、名門・服部家は三代目にして断絶してしまいます。

前述の通り服部半蔵の名だけは、その後も子孫により他家に仕えるなどして存続されたのですが・・・

〝三代目が御家の浮沈を握る〟のは今も昔も、そしてビジネス界でも忍者の世界でも変わらぬ〝不変の真理〟のようです。うー



こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10148838131.html?frm=themeより引用させて頂いております。