夜 襲

2008-12-09 07:55:55
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昨日が太平洋戦争の開戦記念日だから・・・というわけではないでしょうが、今から22年前・1986年の今日、日本中を驚かせた事件が起きました。

たけし軍団・フライデー襲撃事件

ビートたけしが当時交際していた専門学校生に対し、写真週刊誌『フライデー』の契約記者が校門前で面談した際彼女に軽症を負わせ、尚且つ自宅まで押しかけて大声で騒ぐという行き過ぎた取材を行いました。

たけしがフライデー側に抗議の電話をかけたところ、同誌編集部側が謝罪を拒否。 この対応に怒った彼が軍団メンバーのガダルカナル・タカ、そのまんま東ら総勢11名と午前3時過ぎに文京区音羽の講談社本館の編集部に乗り込みました。

本来たけしは “一発殴って終わりにして編集部員も含めて飲みに行くつもりだった” そうですが、編集部員から “どうぞ、殴ってください。それも記事にしますから” という対応(そのまんま東談)を受け、態度を硬化した軍団側が消火器等で殴りかかり、現場に駆けつけた大塚署員に住居侵入罪・器物損壊罪・傷害罪で現行犯逮捕されたのです。

当時軍団の主力(?)メンバーだったラッシャー板前は痔の手術のため、また井手らっきょは彼女宅にいて連絡が取れず、同行していなかった・・・というのが、ラッシャー チャウチャウ ラッキーというか・・・。あせあせ

             北野武


彼らは半年に渡って謹慎し芸能活動を自粛。 たけしは懲役6ヶ月・執行猶予2年の有罪判決が確定しました。

当時、たけし及び軍団の暴力に対する非難もあったものの、同時にフライデーを含めた写真週刊誌の行き過ぎた報道に対しても多くの批判が寄せられました。

後藤田内閣官房長官(当時)が「ビート君の気持ちも分かる」というコメントを出しましたが、私も喧嘩両成敗、いや保険会社的(?)にいうなら過失相殺に於いて「加害者はフライデー側」だという印象を持ったものです。

この事件が契機となったのか、その後写真週刊誌の販売部数は落ち込み続け、『Emma』や『TOUCH』は程なく廃刊に追い込まれました。

もっとも事件の主役であったフライデーが、現在でも発刊し続けているところが何とも皮肉ではありますが・・・。

事件から2年後に、たけし側とフライデー編集部との間で草野球の交流試合が行われ、一応の〝手打ち〟となりましたが・・・現在でも講談社は、週刊現代等で東国原宮崎県知事に対する辛口記事を掲載しており、未だ怨念は燻っているのかもしれません。うー

しかし、この襲撃事件が起きた時・・・よもやビートたけしが「世界の北野」と言われる映画監督に、そしてそのまんま東が県知事になるとは・・・夢にも思いませんでした。

人生、何が起こるか本当に分からないものです。あせあせ


いや、何歳からでもその気になればやれる!・・・ってことかな?

こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10164343966.html?frm=themeより引用させて頂いております。