奇 譚  “二・二六”

2008-02-26 08:05:15
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都内は久々の“お湿り”がありそうな、今日2月26日。


・・・そう、言わずと知れた“二・二六事件”が起きた日です。


1936年に起きたこの事件に関して、その時生まれていない私は多くを知りません。(^^;


が、そんな私にとって最も印象深いのは、三島由紀夫氏と美輪明宏さんの2人がこの事件に“間接的”に関わるエピソードなのです。


             

美輪さんが『銀巴里』で歌っていた頃からの友人であった三島氏に、ある時霊が憑いていることを彼(女)あせあせは感じたそうです。


「三島さん、貴方に憲兵隊のような服装の霊が憑いているわょ。」と言うと、


「名前は何と言う?」と問う三島氏。


「名前は分からない。でも思い当たる人の名前を言ってごらんなさい。

その霊の名前なら、霊の影が消えるから・・・。」


そう言われた三島氏がそれでは、と何名か名前を挙げていったところ、


「じゃあ磯部か?」・・・そう言った瞬間にその影がパッと消えたそうなのです。


三島氏が名を挙げた「磯部」という男・・・彼はかの二・二六事件の際、首謀者の一人として捕らえられ、獄中で世を恨む怨念のこもった「獄中遺書」を残して銃殺刑に処せられた、「磯部浅一」という青年将校その人だったのだそうです。

三島氏は、磯部将校が同じく獄中で遺した「行動記」なる文書を高く評価したそうですが、後の1970年11月25日、45歳の三島氏が同志と共に市谷の陸上自衛隊駐屯地内の総監室に立てこもり、演説の後壮絶な自殺を遂げたことを考え合わせると、何とも云えぬ“因縁”を感じてしまうのです。 

美輪さんは自著『霊ナンテコワクナイヨー』の中でこう言っています。(抜粋)



(磯部のような)ああいう死に方をしている人というのも、結局感謝が足りないから、呪ったり、恨んだりすることになるのです。



自分で反乱に参加して死んだのだから本望でしょうに、それを思い違って、誰かのせいにしているのです。



バカは死ななきゃ直らないというのは嘘です。



生きている時に、物分りが悪くて、頑固で、反省の色がない人というのは、死んでも同じです。



清く正しく美しい心になれば、そのような世界に住むことになり、心次第ではその逆にもなる。



“地獄極楽は胸三寸にあり”ということなのです。





霊そのものを、また美輪さんが言うことを信じるかどうかは人それぞれでしょうが、少なくとも私はあの世に恨みつらみを持ち込んで、誰かを引っ張り込む・・・なんてことは御免蒙りたいです。


あの世に行ってからも他人様に迷惑をかけないよう、現世を“菩薩の心”で生きたいと思うのでございます。

   (-人-)カンゼーオン、ナームーブツ・・・



こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10075312356.html?frm=themeより引用させて頂いております。