尊 厳

2008-11-30 07:05:25
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昨夜、なにげにTVを見ていたら、

“早稲田、早稲田、早稲田ァ~” という歌声が聞こえてきました。

見れば早大OBのタモリさんや羽鳥アナが出演していましたので、「まぁ、仕方ないか。」と聞き流していたものの、ライバル校(?)OBの私とすれば、

「なんで公共の放送で特定の大学名を連呼するんだョ!」 怒

と、だんだん不快になってきたのですが・・・これ、実際は

“ハテナ、ハテナ、ハテナァ~” 音譜

だったことに気づいたのは、番組終了間際でした。

目だけでなく、遂に耳も悪くなってきたようで・・・自己嫌悪。泣き1

          (((((((((((((((((((((((((((××;

さて・・・年は医療技術の進歩により、日本人の平均寿命は世界トップクラスを維持しています。

それ自体は大変良いことだとは思いますが、反面高齢者の介護・ケアに関しては公的援助の整備はかなり遅れていると言わざるを得ない現状です。

私は仕事柄、数多くの方の最期に接しておりますが、長年介護に携わっていたご遺族から

「社長、こういう事言うとオヤジに叱られるかもしれないが・・・もし、あと1,2ヶ月オヤジに頑張られたら、オレや女房が倒れていたかもしれないんですョ。」

こんなお話をお聞きするたびに、何ともやり切れない気持ちになります。

今から15年前の今日・・・1993年11月30日は、オランダで世界初の安楽死を容認する法律が議会で可決された日でした。

安楽死は、大別して2種類に分けられます。

積極的安楽死・・・本人の自発的意志を前提として一定の条件を満たした場合、医師が自殺幇助の行為を行うこと

消極的安楽死・・・必要以上の延命治療を控えて死に至らしめること。

消極的安楽死は、我が国では『尊厳死』と同義語として用いています。


積極的安楽死に関しては、アメリカ(オレゴン州)・オランダ・ベルギー・フランス・スイスで既に法制化し認可しているようです。

             枯れ葉

一方、日本ではどうでしょうか。

過去においては、病気で苦しむ父親を見かねて毒殺した息子に対する名古屋高裁の判決(1962年)で示された「安楽死の6要件」が知られていました。

(1)病者が現代医学の知識と技術からみて不治の病に冒され、しかもその死が目前に迫っていること
(2)病者の苦痛が甚だしく、何人も真にこれを見るに忍びない程度のものなること
(3)もっぱら病者の死苦の緩和の目的でなされたこと
(4)病者の意識がなお明瞭であって意思を表明できる場合には、本人の真摯な承諾のあること
(5)医師の手によることを本則とし、これにより得ない場合には医師により得ないと首肯するに足る特別な事情があること
(6)その方法が倫理的にも妥当なものとして認容しうるものなること

また近年、日本で安楽死についての議論が高まるきっかけとなった、「東海大学安楽死事件」(ガン末期で昏睡状態の続く男性に対し、長男に『楽にしてほしい』と執拗に懇願され、担当内科医が塩化カリウムを投与して死に至らしめ、殺人罪に問われた事件。 判決は執行猶予付きの有罪) に関して、1995年に横浜地裁が示した許容条件は以下の4点でした。

1.患者に耐え難い激しい肉体的苦痛に苦しんでいること

2.患者は死が避けられず、その死期が迫っていること

3.患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くし、他に代替手段がないこと

4.生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示があること

現在の日本では、積極的安楽死に関しては法制化されていません。

しかし現実には多くのご家族が、重病患者を抱えて肉体的・精神的・経済的に苦しんでいらっしゃる現状があるのです。

過去の事例を見れば〝本人の意思表示〟があるかどうか・・・が重要なポイントだと言えましょう。

自分はどんな最期を迎えたいのか?

どんなことをしても生き抜きたいのか、それとも・・・。

私はこの点について、既に明確な意志を女房に伝えてありますが・・・皆さんはどうお考えになるでしょうか?



こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10164202741.html?frm=themeより引用させて頂いております。