
悪夢の転勤 ~下~
< またまた前日からの続きです m(_”_)m >
「オォッ、ご苦労さん。 こっちに来てや~・・・。」
支店長が手招きで私を自室に呼び、中に入るとドアを閉めました。
そして他愛もない世間話を数分した後、支店長の口から耳を疑う言葉が飛び出しました。
「あのなぁ、会社の方針でなぁ・・・キミとこの支社、あと4ヶ月で閉鎖することになったんゃ。」
「え゛っ・・・・。」 あまりの衝撃に言葉が出ません。
支店長は更に続けます。
「まぁ、これは決定事項だから。 大家さんとの後始末は全部キミに任すからな。 あっ、だからってキャンペーンの入賞ハズしたらアカンでェ~。」
「じゃあ、私はどうなるんですか?」 とやっとのことで聞く私に、
「ンなこと分かるかいな。 まっ、いずれにしろまた転勤の辞令が出ることになるわナ。 それまで手ェ抜かんとしっかり頑張りゃ。 話は以上! もう帰ってエエで。」
関西出身の支店長から、上方落語のセリフ回しよろしく支社の“死刑宣告”を受け、私はトボトボと家に戻りました。そして女房にこの話を伝えると、「ねぇ~。だ・か・ら、言ったでしょ!」 と勝ち誇ったように、鼻の穴を膨らませて言いたい放題。 (^oo^)ブヒッ
翌日支社のメンバーに話したところ反応は様々でしたが、私のトバッチリで引越しさせられた部下の目だけはテンになってたことを覚えています。
(・o・) ボーゼン・・
しかし私には自分の引越しよりも頭の痛い問題があったのです。
・・・それは支社がテナントとなって入っているビルのオーナーに説明・了解を取り付けることでした。
「とりあえずお会いしたい」と中身を言わずにアポを取り、オーナーの事務所に行って事の次第を説明します。
話が進むにつれ、普段は温厚な紳士であるオーナーの顔が、みるみる紅潮していきます。そして私の話が終わるや否や・・・。
「ナ~ニを言ってるんだ、キミとこの会社は! そもそもオタクの方から『半永久的に使わせてもらいますから』って頼まれたからあのビルを作ったんだゾ! それを10年も経たないうちに『出て行きます』で済むと思っているのかぁ!」
(そりゃ怒るのムリないょなァ・・・)
オーナーのおっしゃるとおり、7年前にウチの会社のためにビルを建てているんです。実際テナントはウチ1社だけ。オマケにこのオーナーさんの経営する会社は、支社最大の法人顧客ときたもんだ・・・。
も~最悪!
結局オーナーさんの怒りは収まらず、後に入るテナントをこちらで探さなければならないハメに・・・。
支店長に報告したら、「そんなのはキミが探すモンやで。」という予想通りのご回答。
社宅探しがやっと終わった私の、次のお仕事は「テナント探し」となりました。
市内のめぼしい会社をリストアップ、自分の足を使いローラーで戸別訪問し続けること約2ヶ月、より広い事務所への移転を検討していた会社を運よく見つけ出し、無事オーナーさんとの契約にこぎつけることができました。 ホッ
(支社を閉鎖するまでの間、支店長席はオーナーさんの事務所には一度として足を運ぶことはなく、数回「テナント見つかったか? キャンペーンの入賞は大丈夫か?」と私に電話で問い合わせてくるのみでした。)
閉鎖直前には、あれだけ怒っていたオーナーさんから「しかしアンタもエライ目にあったな~。」と同情される始末。
支店長に呼び出されたあの日から4ヶ月後の月末、私は支社閉鎖の荷物出し・引渡しを無事済ませ、その翌日に自宅の引越しを終えました。 最終的に私は同じ支店内の別支社に“再転勤”となったのです。
・・・というワケで、私は転勤後8ヶ月で、自宅の引越し3回だけでなく、支社の閉鎖(引越し)をもしたのです。
おっと、忘れちゃいけない。
テナント探しの間、キャンペーンも意地で入賞したんですョ! (`´)v ガッツ!
当時は「なんでオレだけが・・・」とホンット頭に来ましたし、情けなかった・・・というのが正直なところです。
しかし、あの“悪夢の8ヶ月”があったおかげで、他人(というか会社や上司)に振り回されるサラリーマンの悲哀(限界)を強く感じ、将来の独立に向けて気持ちが大きく傾いたキッカケだったともいえるワケで・・・。
今となっては笑える思い出であり、ある意味感謝しなければならない“貴重な体験”だったとも言えます。
4月に、あるいは今後転居・転勤を控えている方にひと言。
「新しい入居先が、当分退去する可能性がないかどうか、自分でキッチリと確認するべし!」
・・・3日間にわたり、お付き合い有難うございました。
※ なお、このエピソードにフィクションは(殆ど)含まれておりません。 (^o^;
こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10077803342.html?frm=themeより引用させて頂いております。

