知 将

2008-02-13 09:01:05
テーマ:

今朝の東京は快晴!晴れ


気持ちの良い1日になりそう・・・かナ? w(^_^)



田舎育ちの私にとって、子供の頃の遊びは『野球』しかなく、学校の校庭や神社の境内で毎日真っ暗になるまでバットを振り回していました。


そしてプロ野球といえば、当時唯一あった民放で2週間に一度、巨人戦の放映があっただけ。


・・・とくれば、物心ついた時から完璧なる巨人ファン。(^o^;オキマリデス・・・ 


王・長嶋の活躍に胸躍らせていた記憶が脳裏に染み付いています。 (とはいえ最近は巨人が負けても、何故か腹も立たなくなりましたが。あせあせ


ON黄金時代と共に少年時代を過ごしたから・・・かもしれませんが、私は今まで何故か彼らとライバル関係にあった野村克也氏を、あまり好きにはなれませんでした。


『長嶋、王が太陽に向かって咲くひまわりなら、俺はひっそり野に咲く月見草と自らおっしゃっていますが、どうしても“ジトッ”(失礼)というか暗いイメージが強かったせいもあります。


従って、彼の解説者時代の的確な野球理論には敬意を払いつつも、殆ど著作などは読んでいなかった私。


ところが、今朝起きてTVをZappingしていたら、たまたま彼の若き選手時代の画像が映し出されたのです。


               

「朝っぱらからナニ?」と新聞の番組欄に目をやると、 “知るを楽しむ 人生の歩き方”という、NHK教育テレビでの野村氏の特集番組でした。


いつも見ているニュース番組が始まるまで時間があったものですから、「まっ、いいか。」とそのまま暫く見ていたら・・・


チャンネル替えられなくなってしまいました。(^^;



野村氏が高卒でプロ野球に入団したことだけは知っていましたが・・・



幼くして父親が戦死、母親が病気で、学費を稼ぐためアルバイトに精を出したこと。


極貧のためイジメられ、家に帰って号泣したこと。


高校の野球部は弱小で、全くの無名選手だったこと。


入団テストでは、お情けがあって“カベ”(ブルペンキャッチャー)としてのギリギリ合格だったこと。


・・・知らないことばかりでした。



しかも野村氏は、入団1年目のシーズンオフに一度クビになりかけたんですね。(◎◎;ウッソー!


その時、マネージャーに「給料いらないから、もう1年置いて下さい!」と必死に頼み込んで首の皮一枚つながったところから彼の必死の努力が始まったのだそうです。



“実績もなく肩の弱い自分が、どうしたらレギュラーになれるか?”


必死に考え抜き、工夫を重ね続けた努力の蓄積が、将来の“三冠王”や“ID(import data?)野球”に繋がったんでしょうね。


入団3年目に、レギュラー選手がケガをして、代役で出場できた・・・そんな“運”も、自らの努力が引き寄せたものなのかも知れません。



『監督はやっちゃいけん』と言い残していた母親が亡くなられ、彼女の遺品を整理していたら、息子の新聞記事を貼り付けた膨大なスクラップが出てきた・・・・というエピソードを語りながら、目に涙を溜める野村氏の姿を見たとき、既に彼に対するネガティブな思いは無くなってしまいました。 (TT)オモワズモライナキ・・・


番組見た後調べてみたら、野村氏は私と同じで、子供の頃はラジオのプロ野球放送で巨人戦ばかり聞いていたため、本当は巨人ファンだったのだそうです。 


とすると、氏のコメント等でたびたびアンチ巨人発言が出てくるのは、単純にキライだから・・・というワケではないのかもしれません。



まさに“人に歴史あり”です。



上辺や見た目だけで人を判断しちゃいけませんね。


大いに反省させられました。 (_ _;


『勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし』


・・・私が知る野村語録のひとつですが、この意味合いもズシリと重みを増した気がします。



ところで、今朝私が見た番組は、再放送だったようです。

今夜10時25分から第2回の放送が、以後第4回まで週1回放送予定のようです。


今までの“食わず嫌い”あせあせを止めて、野村勝也氏の足跡をこの番組を通じて追ってみたいと思います。



こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10072119607.html?frm=themeより引用させて頂いております。