聖 火

世間は今日からGW!

中には“11連休”(!)の方もいらっしゃるとか・・・。


年中無休の葬儀屋稼業のワタクシには、この“黄金週間”なるものは全く無縁でございます。

今日も明日も、いつもと変わらず会社に・・・。


でも・・・。


この業界、不思議とこの時期、「お仕事」が少ないらしいんですょネ~。あせる


・・・どうしてなんでしょう?あせあせ

          ((((((((((((((((((((((((((_ _;

さて、いよいよ注目の北京五輪の“聖火リレー”が今日、長野市で行われます。


実は私、長野で生まれ育ちまして、高校生の時は週に1,2回は善光寺の境内やその周辺を自転車で駆け回っておりました。


「あそこでリレーのスタートするんだァ・・・」と郷愁に耽っていたら、チベット問題の呷りを受けて、スタート地点は「空き地」に変更されてしまい、イッキに興ざめ・・・。うー


1964年の東京オリンピックの時、沿道を人垣が埋め尽くす中、白バイに先導されたリレー走者が、蒸気機関車よろしくモクモクと煙を出すトーチを持ってアッという間に駆け抜けていったのを見て、子供心に凄く興奮したことをオボロゲながら記憶しています。


でも今回の聖火リレーは、警察関係者を中心に厳重な警備体制を敷き、一般の観客には殆ど見ることができないそうですし、ランナーもトップバッターの星野仙一氏以外は順番も公表されないとか・・・。


地元出身者とすれば、とにかく無事リレーが終了することを願っています。

・・・が、このような状況で聖火リレーを行うことに、どんな意味があるのでしょうか?

           東京オリンピック

             <東京オリンピック 開会式 JOC HPより>


そもそも「聖火」とは“プロメテウスがゼウス神の元から火を盗み人類に伝えた” というギリシャ神話に基づき、神聖なる象徴として、古代オリンピック開催期間中にオリンピアにあるヘスティアの祭壇で灯されていたのだそうです。


近代オリンピックでは、1928年のアムステルダム大会からこの聖火をオリンピックスタジアムで燃やし始め、問題の「聖火リレー」は1936年ベルリン大会に初めて行われ、3,000人以上のランナーによってオリンピアからベルリンまで運ばれたのだそうです。(※なお、冬季五輪では1952年のオスロ大会が最初でした。)


ここで、カンの鋭い方は、「ハハァ~ン」と思われたことでしょう。あせあせ


ベルリン五輪は、ヒトラー率いるナチスドイツの権勢を誇示するために開催されたような大会でした。


まさにこの聖火リレーはドイツの国威高揚のために考え出され、そして利用された・・・といっても良いのではないでしょうか。


「オリンピックは平和の祭典」とよく言われますが、残念ながら歴史的には政治と無縁だとはいえないようです。


我が日本においても、1964年東京五輪の聖火リレーで最終ランナーを務めた、当時早稲田大学1年生の短距離ランナー・坂井義則氏(当時19歳)は、広島に原爆が投下された1945年8月6日に、広島県で生まれた方でした。

彼を最終ランナーに起用することにより、世界に日本の戦後復興を印象づけようという狙いがあったのです。


何となく昔からやっているから・・・って漫然と眺めるのではなく


「何のために実施するのか?」、また「そこにどんな(政治的)意図があるのか?」


・・・私たちはそれをしっかりと考えるべきではないでしょうか?


こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10091128397.html?frm=themeより引用させて頂いております。