表と裏

2008-10-12 07:05:25
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昨夜、TV番組・「SmaSTATION!!」に、プロテニスプレーヤー・クルム伊達公子選手が出演していました。

いやぁ~・・・幸せな人間って、本当にいい顔になりますょねぇ~。笑2

以前の伊達選手って、獲物を狙うライオン(?)のような、ピーンと張り詰めた迫力を常に漂わせていて、ワールドツアーで欧米の大きな選手に立ち向かうために体力的・精神的に常時限界ギリギリの戦いを強いられていた・・・そんな感じだったたけに、早すぎる(?)引退を発表した時は、正直「やっぱり疲れちゃったのかな?」と残念に思ったものです。

しかし引退後は真っ先にぬか漬けに挑戦 あせあせ するなど、テニス一色の生活から脱却し、レースドライバーのご主人と結婚したりする中で、本当に充実した時間を過ごしたようですネ。

若いとき(失礼)の伊達選手のようなビリビリする勝負師の雰囲気も良かったですが・・・ご主人の理解を得て現役復帰した今の、ニコニコ微笑みながらゲームを楽しんでいる彼女の姿は凄く魅力的です。

松岡修造クンの「お節介応援」に負けず、これからも頑張って欲しい・・・いや、テニスを楽しむ姿を私達に見せてくださいネ!扇子


          ((((((((((((((((((((((((((^^)/


ところで、今日・10月12日は『芭蕉忌』・・・そうです、今日は俳聖・松尾芭蕉の命日にあたります。

寛永21(1644)年に農業を営む父・松尾与左衛門と母・梅の次男として生まれた芭蕉は、若くして北村季吟に師事して俳諧の道に入りました。

31歳の時に江戸に下り、3年後には宗匠となってプロの俳諧師に。

天和2(1682)年に「天和の大火」(※八百屋お七の火事)で庵を焼失した後は、各地に旅に出ては紀行文を残しますが、最も有名なのが元禄2(1689)年から弟子の河合曾良を伴って東北・越後・北陸と旅を重ね、折々の句を記した『おくのほそ道』(※原題まま)でしょう。

           奥の細道


夏草や 兵(つわもの)どもが 夢の跡

  閑(しずかさ)や 岩にしみ入(いる) 蝉の声

    五月雨(さみだれ)を あつめて早し 最上川

等々、よく耳にする名句が多数収められています。

芭蕉はその後も旅を続け・・・元禄7年10月12日(1694年11月28日)、旅先の大阪御堂筋の旅宿にて客死します。 生涯最後に残した句は

旅に病んで 夢は枯野を かけ廻る

でした。 享年51。 (-人-)


ところで、この松尾芭蕉・・・実は忍者だった! という説があるのをご存知でしょうか?驚き顔

それは、彼の生まれが忍者の里・伊賀であったことや、全行程約600里(2,400km)を40歳過ぎの彼が僅か150日で歩き切ったこと(この間全く移動しなかった日もあり、最大で1日50km以上も移動した日があった)ことをその根拠としています。

また、関所が至るところに設置されていた江戸時代に、これだけ自由に旅が出来たことや、故郷を離れわざわざ江戸に移り住んだこと、また旅で回った箇所等を考え合わせると、彼は「幕府の密偵」だったのでは?・・・とする説もあるのです。

戦時中や米ソ冷戦時代、コンサートで世界中を旅する音楽家の中にはスパイ活動をしていた者もいたようですが、果たして俳人・芭蕉の正体は?


① 旅好きな俳人 (Artist)

② 伊賀忍者 (Spy)

③ 幕府密偵 (CIA Agent)

あなたは彼が〝裏の顔を持つ男〟だったと思いますか?

いや、もしかしたら・・・松尾芭蕉は〝全ての顔を持つ男〟だったのかもしれませんネ。叫び








こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10144328727.html?frm=themeより引用させて頂いております。