M・M

2008-08-05 07:05:36
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あらあら、麻生さんたら・・・。

いくら何でも、民主党を「ナチス・ドイツ」に例えちゃイカンでしょう。ダメだぁ顔

もし対外的にこの言葉を持ち出したら、国交問題にまで発展しかねない大変な「単語」ですョ!

まぁ、その昔麻生さんのお祖父さんが「バカヤロウ!」で総理を辞任してますからねェ・・・“放言癖” は隔世遺伝するんでしょうか?

次期政権を見越して幹事長になったのはいいですけど、いくら人気があるからってこんなこと軽々しく言ってると、福田政権とともに自分もフッ飛んじゃいますから・・・くれぐれもお気をつけ下さい。

・・・福田さんも、いろいろ大変ですネ。うー

          ((((((((((((((((((((((((((((((_ _;

さてさて・・・今日・8月5日は世界で最も有名(?)な元女優の命日に当たります。

その人の本名は、ノーマ・ジーン・ベイカー・・・この名前では殆どの方には誰のことかわからないですょネ。

身長166cm、体重53㎏。 B94・W61・H86という、抜群のプロポーション!目

「アメリカのセックス・シンボル」と言われた、〝M・M〟こと


マリリン・モンロー (Marilyn Monroe) その人です。


彼女が亡くなったのが、1962年の今日だったのです。


僅か36歳の、短い生涯でした。


           マリリン・モンロー


彼女は1926年6月1日に、ロサンゼルスで生まれました。

母子家庭に生まれ育ちましたが、母親が病気を患っていたこともあり、彼女は暫くして孤児院や里親を転々とするなど、不幸な幼少期を過ごしたようです。

16歳で最初の結婚をし、スカウトされてモデルとして活動を始めたものの、4年後に離婚。 

その後下積み時代を経て、1953年『ナイアガラ』での〝モンロー・ウォーク〟で一躍脚光を浴び、『紳士は金髪がお好き』、『七年目の浮気』でトップスターの座を掴み取ります。

1954年に大リーガー、ジョー・ディマジオと結婚。


日米野球で来日した際は彼女も同行し、大変な騒ぎになったとか・・・。(この時風邪をひいたモンローに治療を施したのが、故・浪越徳次郎氏だったのは有名な話です。何でも全裸の彼女に指圧をしたのだとか・・・。全く羨ましい限りで。)あせる

しかし翌55年にはディマジオと離婚。56年にアーサー・ミラーと結婚するも、その後精神不安定な状況に陥り、61年に離婚。


この頃からケネディ大統領との交際が始まったといわれています。

その後ディマジオとヨリを戻したものの、1962年8月5日、自室のベッドで受話器を手にしたまま息絶えている状態で発見されました。

当初は睡眠剤の大量服用による自殺と報じられましたが、その後自室から手帳が消えていることや、大統領との交際スキャンダルなどが明るみに出たことなどから、謀殺説が根強く囁かれています。


私は彼女の姿を映像でしか見ていませんが、最も印象に残っている映像は映画の出演シーンではありません。

彼女が絶命する3ヶ月前、マジソン・スクウェア・ガーデンで開かれたケネディ大統領の誕生パーティーで歌った、


〝Happy birthday, Mr. PRESIDENT~ 〟ラブラブ


です。


(※YouTube < http://jp.youtube.com/watch?v=k4SLSlSmW74
>でご覧いただけます!)

あれほど艶っぽくて切ない〝ハッピーバースディ〟・・・他に聞いたことがありません。

ケネディ大統領は、モンローの歌声を聞いて、


「いつ死んでも悔いはない。」


と言ったそうです(実際翌年に暗殺されてしまいました)が、そりゃ~あんな歌をプレゼントされたら・・・彼でなくとも、大抵の男性はそう思うでしょう。あせあせ


金髪が眩しかったものの、本当の髪の色はブルネット(褐色)だったという彼女のミステリアスな最期。


・・・もしかしたら、ケネディ大統領暗殺に関する機密文書が公開される2039年には、同時に“禁断の恋” の謎も解けるかもしれませんネ。


もっとも、その時私は既に・・・。うー




こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10119153772.html?frm=themeより引用させて頂いております。