
Last Round <coda>
2打連続の大ショート・・・シングルプレーヤーには考えられないパッティングをしたAさんに、キャディーさんが思わず声をかけた。
「やだぁ、Aさんったら~。 もっと強く打たな・・・」
と言いかけたところで、並んで立っていたBさんは掌をキャディーさんに向けて制し、囁いた。
「すまんが・・・すまんが何も言わんでアイツの好きにさせてやってくれ。」
そう言うBさんの顔を見たキャディーさんは、思わず息を呑んだ。
Bさんの目には涙が溢れていたのだ。
それを見た瞬間、キャディーさんはハッと気づいた。
(もしかしたら・・・Aさんは、終わらせたくないんだ。 一打でも多く打ちたいんだワ、きっと!)
キャディーさんは黙って頷くと、それ以降全くグリーン上では喋らなくなった。
10年以上、数え切れぬほどラウンドしてラインを知り尽くしたグリーンに、あたかも『世話になったなぁ・・・ありがとう』と感謝の気持ちを伝えるかのような9パットであった。
〝 カコーン 〟
最後の30センチをカップインした刹那・・・。
暫しその場から動こうとしないAさんの目から、キラッと光るものが落ちるのを・・・Bさんもキャディーさんも正視することはできなかった。
2番から8番まで、Aさんの “万感の想いを込めた尺取パット” は続く。
そして9番のティーショットを打ち終わったAさんは言った。
「ここは歩かせてくれないか。」
Bさんは黙って頷くと、キャディーさんにカートの運転を任せ、2人は肩を並べてゆっくりとフェアウェーを歩いた。
時は4月初旬・・・例年にない暖冬のおかげか、コース脇に植えられた桜の蕾が既に綻びかけて、北関東に春の訪れを告げていた。
「あぁ、もうすぐ満開だなぁ。」
ソメイヨシノを愛でながらの9番ホールを・・・そして3人とも沈黙したままの、静寂に包まれたグリーン上を、1m刻みのパットで上がったAさん。
マスター室までカートで戻ってくると、Bさんは尋ねた。
「おい、まだ行けるか?」
「いや、もう体がキツいょ。ハーフで十分だ。」と答えるAさん。
「・・・わかった。 じゃ、これで上がろう。 キャディさん、サインするワ。」
クラブ確認票を持ってきたキャディーさんは、最早Aさんの顔をまともに見ることはできなかった。
「ありがとうな。」
Aさんの言葉に、彼女はお辞儀をすると両手で顔を隠して逃げるようにマスター室に走り去っていった。
「風呂はいいから、もう帰ろう。」
かつてのライバルに、痩せた体を見られたくないのか、Aさんはそう言ってロッカーで帰り支度を始めた。
・・・帰りの車中。
「おい、今日の負けはいくらだ?」 と問いかけるAさんに、
「バッカヤロウ! あんなパットされたら、何打だかわからねぇだろうが。」と返すBさん。
「うん・・・そうだな。・・・すまなかった。」
暫しの沈黙の後、Bさんは尋ねた。
「おい。・・・これで良かったのか?」
「あぁ。・・・ありがとう。」
ガラス越しに流れる景色を眺めたまま答えるAさんの目からは、溢れる涙が止まることはなく・・・そしてBさんはただただ押し黙ってハンドルを握るのみであった。
ゴルフ場から病院に直行したAさんは、その後再びゴルフ場に行くことはおろか、自宅にも帰ることもできぬまま・・・3ヶ月経たずして、不帰の人となった。
告別式では奥さんから頼まれ、最後のラウンドで着用していたゴルフウェアとスラックスを棺に納めたBさん。
火葬場で、Aさんが昇っていったであろう青空を見上げながら、ひとりごちた。
「おい、Aよ。・・・お前はいいょなぁ。
オレの・・・オレの最後のラウンドは、誰が付き合ってくれるんだよォ!」
Bさんの声はしかし、けたたましい蝉時雨にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。
こちらの記事はhttps://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10108436069.html?frm=themeより引用させて頂いております。

