この世のパッセンジャーとして

地球を乗り物にたとえた「宇宙船地球号」といった表現は、
環境問題が浮上した1970年頃に生まれた言葉だ。

地球号を大きな列車と考えると、話はさらにわかりやすい。

わたしたちは、誕生とともにその列車に乗り込み、逝去とともに列車を降りる。
いつともなしに列車に乗り合わせ、行く先も知らされず、やがて席を立つ。

乗客の年齢はさまざま。老若男女入り乱れ、乗り降りも頻繁だ。

各車両には国名が刻まれ、それぞれの車窓からはその国の風情を味わうことが出来る。
車両間はもちろん行き来可能で、文化の違いを楽しむバックパッカーが往来する。

座席は2人掛けだから、偶然乗り合わせた相手と意気投合することもあるし、
仲違いして気分の悪い長旅になることもしばしば。同席お断りなんて輩もいる。

ぼくたちはそんな「宇宙船地球号」に乗り合わせた乗客(パッセンジャー)なんだ…と、
イメージを膨らませたのには、訳があった。

      ●

日曜日に「週間人物ライブ スタ☆メン」を見た。
そこで紹介された「末期ガンを宣告されたIT社長」の「生きよう」に衝撃を受けたのだ。

藤田憲一、35歳。株式会社NCI社長。2006年1月に余命3ヶ月の宣告を受ける。
以下は藤田さんのblogからの引用だ。

    2005年のクリスマス前、私は事業部長を務めていたポータルサイト運営会社事業部を分社化しました。
    初月度から黒字も達成し、絶頂だった頃、私は余命宣告を受けました。分社化から1ヵ月のことでした。

    それから、出口の見えない絶望が続きました。
    「いつ死んでしまうかわからない状態では、何をやっても成し遂げられる保証がない。
     それでは、何をやっても意味ないじゃないか。」
    そういう思いを拭えませんでした。
    しかし、数日、絶望を彷徨った後、強いパワーが沸いてきました。
    その源泉は2つの思いでした。
    ・ 「今の医療が直せない病気なら、てめえの病気はてめえで治してやろうじゃねーか。」
    ・ 「例え病気は治せなくて死んでしまったとしても、そのことで意味があるものを残せるはずだ。」

今日6月28日現在、彼は自身のblogを更新している。
余命期限の3ヶ月はすでに過ぎているというのにだ。

この「生きよう」を突き動かしているパワーはなんだろう?
それはまさに「生き続けようとすることで、意味があるものを残せる」とした彼の意思だ。

彼自身の痕跡を「生きる」ことで刻もうとする、強い意志…
それは転じて「生きる」ことの尊さを体現しようとする姿勢だと考える。

彼は戦っている。1分1秒を戦っている。
彼の書くblogに「毎日が最後の晩餐」というサブタイトルがある。
彼の大腸がガンに侵蝕されていて、いつ食事が取れなくなるかわからないと医師に宣告されているからだという。
毎食毎食が「一食入魂!」毎日が最後の晩餐のつもりで食事に挑んでいると。

      ●

「宇宙船地球号」の思想はガイアの思想である。
地球はひとつの生命「One Life」と捉える考え方だ。

だから、地球はすべての事象を記憶している。
地球上で生滅するすべての生命体の「生きよう」を記憶し、刻んでいるのだ。

この世のパッセンジャーとして「藤田憲一」氏は、駅へ降り立つその瞬間まで
しっかりと自分の「生きよう」を刻もうと、誠実に生きている。

その潔さがこのボクに深く刻まれたことを記録したい…
そう思った。

毎日が最後の晩餐「天王洲に住んでいる社長blog」
病気とたたかう社長のblog
銀座ではたらく社長のblog<!–

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