残念な手すり

早朝、鳥越神社に手を合わせに行きます。
木々が多い鎮守の森は貴重ですし、1300年のずっと鎮座しているので空気が違います。
まず東側にあるイチョウの木に直に触れて、日々木材で商いさせていただいていることへの感謝の念を伝えます。
そして拝殿で柏手を打ち、西側の一番木々が生い茂っているところで深呼吸をします。
夏は蚊に刺されがちなので短時間で済ませますが、冬は深呼吸を繰り返すことによって体が温まります。
私の貴重な習慣です。

ところで、ほとんどの神社仏閣がそうなのですが、もともと木製だった箇所を木製じゃなくなってしまった箇所ってありますよね。
例えば鳥居や手すりなどなど。
価格やメンテナンスなどの理由でしょうから、残念ですけど、それはそれでしょうがないと思います。
でも、でも、デザインを木製の時のままにしている必要はないのではないでしょうか。
構造上必要ないのに、クサビまでデザインで残していたりして、「偽物感」が満載になる気がします。
こんなこと思っているのって私だけでしょうか?
石製なら石らしい、モルタル製ならモルタルらしいデザインでいいはずです。

だれにこの思いをぶつけていいのか分からず、思わずこの度、書かせていただいちゃいました。
誰か、ご賛同いただける方いますか?

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