「面白がること」「楽しむこと」「幸せに過ごすこと」

この3日間、トライアスロンの事、

客観的に自分を振り返るいい時間になりました。

台風19号で被害にあわれている方々お見舞い申し上げます。

近畿地方も直撃は免れましたが、

様々なイベント、大会の中止で、仕事にも影響が出来ました。

そんな中でも、トライアスロンができる人は「幸せ」なんだと。

やっぱり、健康に勝るものはない。

そして、楽しんだもん勝ち。

楽しんでいますよ。

ヤフオク

honda

HONDA F1の立役者。

プラモですけど、この年期がいい味を出しています。

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【人生は祭り】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…

オレは、人生を、こういうふうに思っているのね。

神さまからのご招待なの。

何のために、地球にご招待されたんですか、っていうと、お祭りなの。

そう、人生はお祭りなの。

一人さんの人生は、「斎藤一人」という男の祭りなの。

祭りだと思って自分の人生を生きるんだよ。

自分の人生を「祭りだ」と思って生きていると、いかにも、祭りらしい人生になるんだよ。

どういうことですか、っていうと、たとえば、リオのカーニバルって、あるじゃない?

リオのカーニバルで踊っている人に、シンキくさい話をしたり、
つまんなそうな顔をしている人、いるかい?

いないよね。

祭りのときは、祭りに合わないことはしないものなんだよ。

それで、年に一度の、リオのカーニバルの開催日を目指して、
みんな、いっしょ懸命、働くんだよな。

オレの場合は、毎日がお祭りなんだよね。

人生が祭りだから。

「斎藤一人」とい、男の祭りなの。

男の祭りっていうと、オレのイメージでは、粋に酒をあおって、いい女がそばにいて(笑)。

だから男は、わっせ、わっせ、神輿(みこし)を担ぐんだよな。

要はカッコつけるんだよ。

カッコぐらい、つけたほうが、いいんだとオレは思ってるの。

祭りなんだから、カッコぐらい、つけたほうがいいんだよ。

人生が祭りだから、オレは、仕事もお祭りのようにやっちゃうんだよね。

ただ担いでいたんでは、神輿が重くてしょうがないの。

だから、神輿の担ぎ手は、もんで、もんで、神輿をもむんだよ

(神輿を激しくゆり動かすことを「神輿をもむ」と言います)。

「神輿をもむ」というのは、カッコつけてるの。

カッコつけるからこそ、神輿は面白いんだよ。

神輿の軽いやつなんか、ピンとこないよ。

重いぐらいが、ちょうどいいんだよね。

それで、わっしょい、わっしょい、ゆらして、ゆらして、ゆらす。

しんみり担ぐと、全然、燃えないよ。

燃えて生きたいんだよ。

だから、オレは、わっせ、わっせ、もんでもんで、もんで進むんだよね。

こうやって仕事をしていると楽しいんだよ。

人生は祭りだと思って生きていると、人間関係も楽しいし、人生が全部、楽しいんだよ。

そして、斎藤一人という人間は、たった一人でも、「お祭り」をやり続けるの。

なぜですか、って、それがオレ、斎藤一人だから。

『斎藤一人 極楽人生』(道井さゆり)信長出版

小林正観さんの「無敵の生きかた みんなが味方になる」(廣済堂出版)の中にこんな一文がある。

『古事記の中にある「天岩戸(あまのいわと)開き」という話の中に、

神様の性質が隠されています。

それは次のような話です。

「須佐之男命(すさのおのみこと)の乱暴な行動に怒り、

天照大神(あまてらすおおみかみ)は天岩戸に閉じこもってしまいました。

すると、すべてが闇になり、さまざまな禍(わざわい)が生じます。

どうしたらいいものかと八百万(やおよろず)の神が相談し、さまざまな儀式を行いました。

そして、天細女命(あめのうずめのみこと)が天岩戸の前で桶を伏せて踏み鳴らし、

踊ることになったのです。

この踊りを見た八百万の神々から、笑いの渦(うず)が巻き起こります。

楽しそうな笑い声を聞いた天照大神は、周りで何が起こっているのかと思い、

天岩戸を少し開けて問いました。

そこへ、待ち構えていた天手力男神命(あめのたぢからおのみこと)が岩戸を開け、

世の中に光が差し込むことになったのです」。

この物語では、天照大神は、「泣いてもわめいてもお願いしても、聞いてくれない」

ということを教えています。

単なる神話だと思う方もいると思いますが、私にはそうとは思えないのです。

物語をとおし「神様を動かすには、お願いごとをしても駄目なんだ」ということを、

私たちに教えて下さっているように思えました。

「自分の人生が思いどおりにいかず、辛いので何とかして下さい」と言っても、

神様は聞いてくれません。

「面白がること」「楽しむこと」「幸せに過ごすこと」こそが、

神様を動かすために有効な手段らしいのです。』

天岩戸開きにあるように、神さまが一番喜ぶのは、

周りが「面白がること」「楽しんでいること」「幸せに過ごしていること」。

だから、お祭りの後には必ず「直来(なおらい)」という、飲食の場がある。

現在では、神事が終わった後の宴会のように捉えられているが、

本来は、神と人が同じ食物を味わうということ。

シェイクスピアは、「この世は舞台、人はみな役者だ」と言った。

自分で脚本を書き、自分が主役の舞台。

まわりの人は、自分を盛り上げてくれるたくさんの役者たち。

そして、舞台は、「祭り」。

フェデリコ・フェリーニは、

「人生は祭りだ。一緒に楽しもう。」と言った。

人生という祭りを楽しみたい。

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